私は落語に詳しいわけではありませんが、それでも桂米朝の芸が素晴らしいことはわかります。特別な存在であったこともわかります。おもにテレビではありますけれど、本当に楽しませていただきました。
最も印象に残っているのは、やはり「地獄八景亡者戯」です。
下の画像、左はCD『特選!!米朝落語全集 第十五集●地獄八景亡者戯』(東芝EMI)、右は「SHINCON公式プログラムブック」(1975年8月23日)掲載の「待ってました・地獄八景」(かんべむさし)です。
プログラムブックはのちに入手したもので、このときのSF大会には参加していません。SF大会バージョンの「地獄八景」、聴きたかったですね。どこかに音源が残っていないものでしょうか。


楽しい時間をありがとうございました。ご冥福をお祈り申し上げます。
わたくしも米朝師匠の大ファンでした。
「東の志ん朝、西の米朝」の偉大な東西「二朝」の
時代に落語に親しめた事の幸せさをいまは感じて
おります。
あの噺、師匠は折々の話題をアドリブで入れはるのですが、あの時はSF大会ならではのくすぐりを入れてはりました。あの時の音源ですか、実行委員長だった清水宏祐だったたらひょっとすると持っていたかもしれません。
その清水氏も亡くなりました。生前に聞いておけば良かったと悔やんでおります。
岡本俊弥なら知ってるかもしれません。こんど会ったら聞いてみましょう。
ご冥福をお祈りいたします。
合掌
それしか言いようがありません。
「題名のない番組」「ゴールデンリクエスト」に「お笑いとんち袋」「和朗亭」など本当に楽しませてもらいました。
昭和50年代には一門会や独演会で米朝はんの高座をたくさん見せていただきました。
京都会館で聴いた「たちぎれ線香」は今も忘れられません。
「質屋蔵」で酒を飲みながらの熊はんの『うまい…うちのと一緒や』という抜群のくすぐり。
これは師匠が考えはったギャグやそうですね。
ほんと、米朝はん、ありがとうございました、そしてお疲れ様でした。
まさに至宝というべき存在でしたね。時の流れとはいえ、淋しいです。